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西教寺拝観続き。今日は秋彼岸の墓参に。

2014.9.22(月)sun外へ出れば爽やかな秋晴れだった月曜日。毎日家事と近所での買い物位で、あとはテレビで大相撲の秋場所を観たり、一昨日は息子たちが写した旅行中の写真のデーターを持ってきてくれて、息子夫婦の分と、共に写したこちらの写真もPCから画面の大きいTVに映し出して貰い、みんなで一緒に楽しんだ。楽しかった旅の余韻が蘇った。旅の疲れも少しずつ癒えてきたcoldsweats01

  clover西教寺続きclover 

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この石垣も安太衆の造ったものでしょうか。苔むした石垣に緑の楓。秋が深まれば真っ赤に染まる楓の葉が石垣を覆うことだろうmaple
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鬼とお猿が緑の木陰で仲良く秋色の木の葉を集めていた

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歴史を感じる寺院内

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光差し込むお堂の裏手

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風格ある建造物

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鐘楼

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芙蓉越しに見える白壁の蔵
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客殿の庭園

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渡り廊下

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木々に囲まれたこの蔵が、地図にある西教寺文庫でしょうか。

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お猿と鬼

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総門の外側に「西教寺と護猿(まもりざる)の由来が書かれた札が立てられていた。

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>元亀2年(1571)織田信長の比叡山焼き討ちの際、当寺も災禍をこおむりました。その直後に坂本城の城主となったのが光秀でした。光秀は西教寺の檀徒となるに及び、復興に大きく力を注ぎました。天正年間には大本坊が再建されました。その時の「天正年中明智公所造古木」がいまも残されています。総門は城門を移築したもので、鐘楼堂の鐘は陣鐘です。また、湖を渡った時の鞍、経筒及寄進状なども寺宝として残されています。天正10年にこの世を去った光秀は6年前に亡くなった内室熙子や一族の墓とともに祀られています。(西教寺縁起(西教寺パンフレットより転載)

光秀公と御一族の墓所にもお参りをしてきました。

  car秋彼岸は都内の菩提寺にお墓詣り

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西教寺さんとはご縁の深いお寺。先祖とともに、義父母と義弟もこのお寺の墓所で眠っている。明日のお中日は混雑しそうなので、平日の今日のうちに夫と二人でお参りに。

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本堂前には秋の萩がピンクと白の花を盛大に咲かせていた。向こうに見える屋根は客殿の屋根。

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コメント

こんにちは

旅行の写真を大きい画面のTVで観ると、また違って楽しめますよねtv
また旅の思い出がよみがえって、お話も弾みますね。
私もお寺や神社の写真を、妹に見せたら「年々こうゆう写真になるよね」と言われ大笑いでしたcoldsweats01
若い頃はお寺や神社より、自分の子供を撮ってましたcamera
今頃になってですが、お寺や神社に惹かれますshine

投稿: kazu | 2014年9月23日 (火) 16時07分

kazuさん
こんばんは!
本当ですねtv我が家のテレビは少し古くなり、
今のSDHCカードは読み込めず、息子たちが
pcからtvへデーターを送れるケーブルを
買ってきてくれました。
ホテルのテレビでは見られたのになぁと思って
いたので、これで解決でした。
大きい画面でみんなで見るって
いいですねhappy01
お寺や神社の写真って何故か撮りたくなりますよね。
いまさらですが、苦手だった歴史のお勉強にも
なってcoldsweats01
金剛寺でもいいお写真が沢山撮れた
事でしょう。もう少し経つと
高野山も比叡山のお寺も真っ赤に
染まることでしょうmaple
楽しみですねlovely

投稿: chisa_pie | 2014年9月23日 (火) 21時48分

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