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浅川マキさんの訃報を聞いて。

2010.01.19(火)sun 

浅川マキさんが亡くなった。1月17日夕方、公演で滞在中の名古屋のホテルにて。

何の前触れもない突然の訃報が流れたのは、昨日大相撲が終わった後のNHKのニュースだった。マキさんと言えば60年代後半、アングラの女王として長い髪と黒づくめの服装、独特の声で唄い、その歌とスタイルに魅かれて多くのファンに支持されていた。

まだCDでは無く、LPだった時代に2枚のアルバムが我が家にあって、子育ての合間に何度ターンテーブルに乗せて聴いたことだろう。「夜が明けたら」「かもめ」など、最近になってもふとした時に口を衝いて出る歌はマキさんの歌が多い。「不思議な橋がこの町にあ~る 渡った人は帰らな~い いつか私も渡るだろう~」そんな歌詞の幾つかがふっと蘇る。

それから何十年も経った昨年かに、夫が古いLPを引っ張り出して来て、中からマキさんの当時のアルバムが一枚だけ出てきた、当時と同じように何度か繰り返し聴いていた。そのうちに息子が往年のマキさんの音源が収められたCDを持ってきてしばらく貸してくれたので、又、懐かしくなり自宅でも車に乗る時も持って行き、聞き惚れていたばかり。昨年暮まで、我が家には小さな浅川マキブームが起こっていた。ユー・チューブでもマキさんの歌声を聴きながら、今はどうしておられるだろうと思っていたことだった。

Photo

古い雑誌が我が家にある。上がその雑誌に掲載されたマキさんの文章と写真。

Photo_2

そして、その記事が掲載された「ワンダー・ランド」の表紙。昭和48年8月創刊号(発売晶文社)その次の号位からは誌名が「宝島」に変更されて刊行されていた。今は亡き植草甚一編集とある当時としてもとてもユニークな雑誌だった。今刊行されていても不思議ではない面白い雑誌で、原稿を寄せている人たちもユニークな方々ばかり。

そんな中にマキさんの素敵な文章もあった。その中の一節に、こんな言葉があった。

“うたなんて麻薬みたいなものかも知れないと思ったりする。わたしはもう十何年も、うたを唄って暮らして来たのだと思うと、なんだか不思議な気がする”

十何年と書かれた時を経てからだって、もう40年近い歳月が流れた。マキさんはずっと唄い続けておられたのだ。あの黒っぽい服装と長い髪のまま、きっと時には煙草をくゆらせながら・・・・。

公演先で、好きな歌の世界の中で旅立って行かれたマキさんに。

         合掌

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コメント

マキさんとは、70年代、親しくおつきあいしました。
深夜、長電話で話すことが多く、先立たれてしまった恋人の話、歌作りの苦労の話など、記憶に深く残ることをいくつも聞きました。
そのうち、機会があったら、お話しますね。

投稿: meitei | 2010年1月22日 (金) 19時37分

meiteiさん、お久しぶりです。

マキさんと親しくお話されていたことなど
いつかお聞かせ下さい。楽しみです♪
「ワンダーランド」創刊号はマキさんだけでなく、
meiteiさんの文章もあったり、久し振りに懐かしくなって広げました。マキさんだけでなく、雑誌もユニークでしたね。

個性的な素敵な方達が旅立たれて、淋しくなりますね。

投稿: chisa_pie | 2010年1月22日 (金) 21時49分

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