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『レフト・アローン』のおもいで

10代のころに、絵を描く友人にジャズ喫茶に連れて行ってもらい、あの強烈な音の世界でモダン・ジャズの洗礼を受けてから、すでに45年ほど経ってしまった。その私自身のジャズ体験も未熟なうちに夫と二人でジャズを流す店を始めたのは、脱サラした24歳の夫と私が20歳の時の事だった。自分自身は開業してから、1年半程で出産のために子育てから裏方に回り、その後の店や会社にしてからの運営はすべて夫の役割で20年以上の月日を過ごした。

ジャズは常に身近にあり、食べるためのものであった期間は、多分今ほどジャズが好きでは無かったように思う。何事も飯のタネということになれば、相手あってのものになり、好みだけでは成り立たないのがプロの世界だ。否応なく相手側に受けるものが当面のネタであったりするわけである。

1_3 notecdnoteそのような思い出の中で、店に出ていた頃の自分自身に今でも強烈に残る一枚は写真左のマル・ウオルドロンの「レフト・アローン」だ。当時は「レフターローン」と誰でもが言った。当時60年代半ばごろに爆発的に流行り、新店の当店では幻の盤ということで中々手に入らず、今は何と言うアルバムに入っていたか忘れたけれど、マックス・ローチ婦人のアビー・リンカーンが歌うレフターローンでしかリクエストに応える事が出来ず、随分肩身の狭い思いをしたものだった。

その後、夫の精力的な活動のもと、先ず東芝から出た国内版が手に入った。当時は輸入盤全盛のころ、今では日本語の解説の方が有難く、国内版のCDの方がお高かったりするけれど、当時はそうではなかったようで、輸入盤は価格も手に入りにくいものほどお高かった。それでもようやくベツレヘムの盤が入荷した時は飛び上るほど嬉しく誇らしいものだった。何しろ日に3度も4度もリクエストがあったのだから。

notecdnote

今日はドルフィの「ファイブ・スポット」を聴き、ピアノがマルであるところから久し振りに「レフト・アローン」を聞いてみたくなった。ビリー・ホリデイの晩年2年間をホリデイの伴奏を務めたマルがホリデイの代わりに歌い上げる相手に選んだのはジャッキー・マクリーン。アルト・サックスでせつせつと歌い上げる。やはり名曲に違いない。たんたんと静かなマルのピアノはビリーに対する極上の追悼曲だ。

ジャケットの写真には59年に亡くなったビリー・ホリデイがマルのピアノの傍でマルがピアノを弾くさまを静かに見つめている。このcdは日本コロンビア盤を随分前に夫が購入したもの。マルの「レフト・アローン」の購入は公私共合わせて3枚になった。

今一枚は神奈川に越してきてすぐのころに海老名のレコード店で見つけたドルフィの「レフト・アローン」ドルフィの死後に発売されたもので、62年10月にニューヨーク「ガスライト」で録音された作品。ピアノはハービー・ハンコックだ。ドルフイはフルートで歌い始める。リチャード・ディビス(B)エドガー・ベイツマン(DS) 当時の流行りから考えて見ると、ハービーのピアノもデイビスのベースもとてつもなく新しい。けれどドルフィは、糖尿病の病にありながら働きすぎの過労がたたり、64年にベルリンで亡くなってしまった。

棚から手にとり音を出すアルバムは、日により違うけれど、それらを眺めているとそれぞれのジャケットや音から、ふとした思い出が蘇ることがあり、それもまた楽しいひとときだ。

そして、彼ら異能の天才達の音源がこうして耳に届く今を、とてもありがたい時代だと思う。

2008年12月2日

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JAZZ」カテゴリの記事

コメント

僕がはじめて手に入れた『レフト・アローン』は、新宿にあった中古レコード店「トガワ」で買ったものです。都内のジャズ喫茶がつぶれ、トガワに流れた1枚でした。国内盤で、東芝のレコードでときどきお目にかかった真っ赤なディスク。煙草のヤニがしみついたジャケットはぼろぼろで、盤もノイズだらけでした。それでも、当時は「幻の名盤」でしたから、しみじみと聴いたものです。

いま持っているCDの『レフト・アローン』は、東京・下高井戸にあった「オスカー」で買ったものです。オスカーは、神保町の「レコード社」にいた顔見知りの人がスカウトされてチーフ格で働いていて、ずいぶん通いました。数年前に消滅し、結局はここで最後に買ったのがこれでした。
まさしく、レフト・アローン。

投稿: meitei | 2008年12月 2日 (火) 19時42分

今晩は!

meiteiさんも、2枚お買い上げでしたか。
我が家は大半のレコードを処分してしまったので、
買い直しが結構あります。当時の「幻の名盤」
『レフト・アローン』はたまに聴くとしみじみといいなと
思います。「戸川」も懐かしいし、
下高井戸「オスカー」は行ったことが
ありませんが、同じ屋号で町田にもありました。
多分同じ経営と思います。今は無いようですが。
そこのマスターの奥様が私のインテリアの
仕事のお得意さまでした。
町田の「オスカー」2号店オープン
の時はカーテンをつけさせて頂きましたよ。

投稿: chisa_pie | 2008年12月 2日 (火) 21時14分

こんにちは
私も左のCD、マル・ウオルドロンの「レフト・アローン」を持ってました。
切ない感じのするメロディーでしたよね。
頭の隅っこに残っています。
昨日、今日と暖かい穏やかな天気に恵まれて、お掃除、片付けがはかどります。
なるべく不用品は溜めずに、スッキリと暮らしたいのですが、昔、趣味で集めていたキューピーちゃんや、薬屋さんでもらったカエルのケロちゃん、内藤ルネさんの陶器の人形など、捨てるに捨てられず、娘にフリーマーケットに出してもらおうと思っています(笑)

投稿: kazu | 2008年12月 3日 (水) 13時59分

今日は!
「レフト・アローン」多くの人に愛されたのですね。あの時代は熱狂的でしたよ。どこの店にもあるわけではなくて、せっかくいらして無いと気の毒で、気持ちはあせりました。たまに、マル・ウオルドロンをウオル・マルドロンといい間違えて「レフタ~」かけてなどというリクエストもありましたっけwink
懐かしい思い出です。キューピーさんも懐かしいですね。内藤ルネさんも最近はトレンドではないかしら?うろ覚えですが、つい最近原宿の町並みに内藤ルネさんの絵が大きく看板になっていたような気が・・・・?今度又見てきます。それこそ「お宝」ではありませんか?

投稿: chisa_pie | 2008年12月 3日 (水) 14時28分

そうなんですよ~。欲しい人には、欲しがるプチお宝かも(笑)
昼間、写真を妹のブログで紹介したら、妹から待ったが掛かりました。5センチくらいのアトムの人形や9センチのペコちゃんなど。お人形は好きな人に貰われるのが幸せですものね!
内藤ルネさんは、もう亡くなられたのですが、今年の5月に「内藤ルネ展」がいろいろな会場であったので、その看板を見られたのかも・・・
高校の頃から雑誌「私の部屋」を愛読していたので、ルネさんの世界は好きだったのですが、(最近知ったのですが)嫌いな人も結構いるのですね(笑)
chisa-pie様は、何かお気に入りのコレクションとかありましたか?

投稿: kazu | 2008年12月 3日 (水) 19時04分

今晩は!

お妹さんの待った!の意味は?やはりお宝ではないのかしら?内藤ルネさんの絵は雑誌などで随分みました。とりわけファンではありませんでしたが、独特の画風が一世を風靡しキャラクターとしては強烈でしたね。私は当時、長沢節先生の絵が好きで、デッサンやクロッキーをセツ・モード・セミナーまで通い描いていたりしました。余りコレクションはしなかったのですが、今はジャズCDが点数としては我が家で一番多いかしら?少ない枚数ですが唯一のコレクションかなcoldsweats01

投稿: chisa_pie | 2008年12月 3日 (水) 22時14分

chisa-pie様
言葉が足りなくてごめんなさい。
妹が欲しがったので、あげることにしました。
セツ・モード・セミナーに通っていらしたのですか!長沢節先生の絵は目にしたことがあります。モード系の個性的な感じですよね。
ルネさんとは対照的みたい。面白いですね(笑)     おやすみなさい♪

投稿: kazu | 2008年12月 3日 (水) 22時28分

chisa-pieさん

こんばんは。
随分お若い頃に、ジャズのお店を始められたのですね。
好きなことを職業にされているのは、本当に素晴らしいですね。苦労もあったかと思いますが・・・。
ご夫婦お二人で力を合わせてやってこられたからこそ、絆が深いわけですね。
音楽と生活と人生と。
すべてがひとつにとけあって、結びつき、より大きな広い世界へと発展してゆく。素敵です。

投稿: よしりん | 2008年12月 3日 (水) 23時11分

kazuさん、
わざわざお返事ありがとうございます。
良くお休みくださいね。

おやすみなさ~いsleepy

投稿: chisa_pie | 2008年12月 3日 (水) 23時38分

よしりんさん、こんばんは! 

好きなことは仕事になると、趣味が趣味では無くなるという悲しさもありました。
むしろ今が一番ジャズを心から楽しめる時になりました。音楽の中に居ることがお互いに平気で苦にならないので、それだけは有難いですね。音楽に対する好みも二人で聴くと、あっそれもいいねみたいな感じで、より広がる楽しさもありますし。

夢を持って店を作っている時が、一番楽しかったような気がします。夫も癖になり何軒かの店を作ったり改装したりと色々忙しい日々でした。

投稿: chisa_pie | 2008年12月 3日 (水) 23時53分

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