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命を守る尊さが、命がけのペンギンの子育ての中にあった。

相変わらず、親が子に手をかけて命を奪うという事件が多発している。

どんな動機があるにしても、こんな残酷な事件はあって欲しくない。子を産むということは生まれた生命を育む事である。こんな当たり前のことが、何故簡単に放棄されて、安易にわが子に手をかけるような事に発展してしまうのだろうか。背景には、様々な事情はあるだろう。それだからと言って決して許されることでは無い。又、罪を償えば済むという問題でもない。

健やかに育つこと、生を受けた事に喜びや感謝をしながら、たった一度の人生を全うすることが誰にでも与えられた権利である。

TVの動物番組が好きで時折見る。昨夜は「どうぶつ奇想天外」を見た。

ペンギンが短い夏の間にヒナを生み、夫婦揃ってヒナのために交代で海に潜り、命がけでヒナの成長のために餌をとってきてヒナを育てる。

海に出ない残った片方が、陸で外敵からヒナを守る。こうして、両親に守られたヒナは立派に育ってゆく。中には海から海岸についてすぐに、力尽きて命を落とす親ペンギンもいる。命を落とせば、他の鳥や動物の餌食になってしまう。仲間のペンギン達が命尽きるまでその周りで、頑張れ、頑張れと励ますように取り巻いて外敵から守ろうとする。

人間が忘れかけている命を守る尊さが、命がけのペンギンの子育ての中にあった。

人間と動物と子育てにおいて違う事があるだろうか、生命を育む事においては何も変わりはない。むしろ万物の霊長たる人間は、言語や文化をあやつることができる。

あらゆる点で人間の知能が勝り、地球上のしくみやしきたりを司る人間が、ペンギンや動物の子育てにも劣る行為をしてしまう世の中は、何か病んでしまっているような気がしてならない。

ペンギン達ほどの仲間意識は希薄かもしれない。コンピュターや携帯端末の発達により、情報はクリック一つで手に入る便利な世の中になったけれど、助け合いの精神やお隣通しの連帯感などは昔に比べて希薄になってきている。

携帯端末が一日中、手のひらの中にあるという母親も少なくないという。中学生位になると、携帯によるコミュニケーションが一日のうちの大半を占める子も少なくないそうだ。

便利さや、快適さ、手軽さ、こんな日常の中から人としての生の会話や、コミュニケーションが失われているとしたら、寂しい世の中になってしまったと思う。2008年3月10日

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